かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。
このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。
わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
しかし、わたしたちは、神の約束に従って、義の住む新しい天と新しい地とを待ち望んでいる。
被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。
そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。
死人の復活も、また同様である。朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、
この「もう一度」という言葉は、震われないものが残るために、震われるものが、造られたものとして取り除かれることを示している。